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2023.06.01 猫伝染性腹膜炎(FIP)

現時点でのモルヌピラビルの問題点と展望

当院ではGSでの治療(GS-441524、GS-5734:レムデシビル)の治療を第一選択にしております。

治療の受付状況はこちら→https://ackobe.com/column/152-2/

全国的にはその他の治療としてモルヌピラビルを用いた治療も多く認められるようになりました。その理由として非常に安価であること、個人輸入しやすい状況になったことがあげられます。

モヌルピラビル.JPG

モルヌピラビル(EIDD-2801)は人のCOVID-19の治療薬としても日本で承認されており、世界的な流行に対して特許権を持つメルク社が中・低所得国向けに特別にジェネリックの作成に許可を与えたことから安価なジェネリックも作られるようになりました。日本の承認薬であるラブゲリオはまだ動物病院では使用できない状況ですが、ジェネリックを簡単に個人輸入することができるため多くの獣医師が使用するようになったと考えられます。

ただ、個人輸入は可能ですが、モルヌピラビル自体は厚生省から「医師の適切な指導のもとに使用しなければ健康被害のおそれのある未承認の医薬品」に指定されており輸入には数量にかかわらず必ず輸入確認証が必要(もちろん獣医師でも)となりますのでご注意が必要です。

モルヌピラビルの特徴として非常に安価であるということがあります。原価でMutian(Xraphconn)に対しておおよそ1/20~1/30ぐらいの費用(今後の薬用量で変動する可能性あり)で治療が可能なため、今までの高額であったFIP治療に対して新たな選択肢となりうるものだと思っています。

 

ただ、問題点もあります。

試験管レベルでモルヌピラビルのFIPウイルスに対する効果は以前から認められておりましたが、同時に細胞毒性についても報告がされております。
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.07.09.195016v1

この報告ではGS-441524、GC-376とともにFIPウイルスへの効果が認められており、

・抗ウイルス活性:GC-376>EIDD-2881>GS-441524
・ウイルスRNA産生阻害:GC-376>GS-441524>EIDD-2801

となっておりモルヌピラビルは場合によってはGS-441524よりも抗ウイルス効果が高く認められております。
しかし、

・細胞毒性:EIDD-2801>GC-376>GS-441524

となっており、モルヌピラビル自体の細胞毒性はGSに比べて低い濃度で認められより細胞傷害を起こしやすい可能性が示唆されました。
ここでいう細胞毒性とは細胞の変性やアポトーシス・ネクローシスなどの細胞死を引き起こすかどうかを評価しています。

もちろん人でも懸念される事項ですが、人ではモヌルピラビルは5日間の投与期間となっております。
しかし、FIP治療に関しては原則84日間は投薬が必要となります。
細胞毒性のより高い薬剤を長期間投与することは、生体にとって何らかの悪影響を及ぼす可能性があると言わざるを得ません。
長期的な副作用についてのデータはGSも多くはないですが、モヌルピラビルは皆無なので報告が出るまでは慎重になるべきだと考えています。

 

また、臨床的にFIPに有効とする報告も未だありません(2022年7月現在)。それは薬用量(薬の投与量)が決まっていないということでもあります。

一応の報告されているものはありますが、正式なモルヌピラビルではなくコピー品のデータでかつ中国の会社が出したもののようです。薬剤の投与形式も明確ではない上、データの信憑性や薬剤の投与量の決定方法など多くの内容が不明確なものであり、参考にできるものではないと考えています。
さらに記載の薬用量は非常に高用量で、Dr.Pedersenもその後修正を指示しています。
治療期間についても6〜8週間と通常より短期的に終了していますが、その後の再発に関するデータもありませんし、私が信頼しているDr.Pedersenはモルヌピラビルとはいえ最低限12週間の治療期間が必要という考え方です。当院もその方針です。
https://ccah.vetmed.ucdavis.edu/sites/g/files/dgvnsk4586/files/inline-files/Molnuparivir%20as%20a%20third%20antiviral%20drug%20for%20treatment%20of%20FIP%20v13_1.pdf

薬用量が決まっていないということは、当然薬の不足や過剰投与になる可能性があるということです。
薬剤の不足は再発や薬剤耐性を引き起こすリスクになります。
薬剤の過剰投与は前述の副作用のリスクをあげることになります。

もちろん実際の経験的なことで薬用量が決まったり、変更されることもありますが、全く報告がないというのは目安にする投与量がないということなので全て経験的というのはリスクであると言わざるを得ません。そしてそのリスクを負わされているのは猫ちゃんなのです。

短期的に大丈夫だからといって長期的に大丈夫かは誰もわかりませんし、ある一定期間治っているからといって長期的に再発しないかもわかりません。今あるFIP治療のデータはほとんどがGS(類似物)によるものですから、そのままモルヌピラビルに当てはまるかどうかもわかりません。

以上のことから、未だモルヌピラビルについては不明点が多く、できる限り猫ちゃんのリスクを軽減することを考えて、当院では第一選択では使用しておりません。

 

ただ、必要なケースもあります。
一番に考えられるのはGS-441524耐性ウイルスです。FIPでもGSで治らない、再発するケースがあります。
GSへの耐性が疑われる場合には他の薬剤を使用するしかないため、モルヌピラビルが必要になる場合があります。この可能性のためモルヌピラビルを常備しており、実際に助けられたケースもあります。

また今後の展望ですが、前述の問題点が解決すれば価格が安いというのは大きなメリットですので第一選択になる可能性もあります。GSと併用することで耐性リスクを下げるられることやGS自体の量を減らせる、再発リスクをより低くできるなど様々なメリットが出てくるかもしれません。実際に、世界的には併用の研究がすすめられているようです。

いずれにしても単剤でFIP治療自体は可能かもしれませんが、他の選択肢がないと治療反応が芳しくなかった場合に次の手がない状況になりかねません。またそれぞれの選択肢がメリット・デメリットはあるため、それをしっかりと理解し多くの選択肢を持つことで、猫ちゃんごとに最適な治療選択ができると考えています。

 

FIPの治療ができるようになってまだまだ数年ですが、大きな転換期です。
様々な情報が出回っており、獣医師ですら追いつく・理解するのに必死な状況です。
ただ病気も治療もリスクを負うのは猫ちゃんなので、正しい情報を見極め、より適切な治療選択ができるように努力して参ります。

 

文責:

神戸アニマルクリニック

院長 神吉 剛

  • クリニックノート特別セミナー講師
  • 朝日新聞取材(DEGITAL、紙面)
    「助からなかった」ネコ感染症に光明 新型コロナで治療薬進化、劇的な改善猫伝染性腹膜炎」
  • 第41回日本獣医師会獣医学術学会年次大会
    シンポジウム「猫伝染性腹膜炎(FIP)の最新情報」パネリスト
  • 学会発表
    動物臨床医学年次大会2022年
    「GS-441524耐性を疑ったFIPにモルヌピラビルが奏功した1例」

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